| 医療にこめられた「平和」への願い |
| 西脇 洸一 日本キリスト者医科連盟 常任委員会議長 |
| 医学を伝えた長崎医学伝習所でのこと。実習施設として建てられた小島養生所では、患者は士農工商の区別なく、みな一様に一室に収容された。身分社会であった当時の日本には、「平等」という概念は全くなく、病人は等しく平等であるという思想に、人々は驚愕しまた大きな感動を覚えた。 つぎに、薩英戦争後に薩摩藩に雇われた英国軍医ウイリスは、戊辰戦争で官軍について東北の戦役にまで従軍し、銃撃戦で傷ついた将兵に下肢切断手術を行った。人々が目を見張ったのは、見事な手術手技だけではなく、味方のみならず敵方の負傷者にも、等しく同様の施療を行ったことであった。 このように、医療は人の尊厳を等しく認めるという普遍性を有し、この普遍性は直截的に「平和」への礎となっていく、と考える。 21世紀も四半世紀を過ぎたが、今でも世界中のいたる所で数多くの争いが絶えない。背後に、倫理や国際的秩序といった普遍性を蹂躙する為政者たちの姿が見える。 そうした情況下で私たち人類は、私たちがこれまで歴史を通して培ってきた叡智を、どのように生かしていくのかが問われている。集団的自衛権とか、核抑止力とか、また何とかファーストや外国人排斥などといった、矮小で姑息で空虚な思潮に、私たちは根源的に対峙してゆかねばならない。 すべて剣を取る者は、剣にて亡ぶるなり。(マタイ 26章52節) 人もし汝の右の頬を打たば、左をも向けよ。 汝を訟へて下着を取らんとする者は、上着をも取らせよ(マタイ 5章39・40節) 汝らの仇を愛し、汝らを責むる者のために祈れ(マタイ 5章44節) 今こそ私たち平和を目指すものは、これらの聖句のなお一層高い普遍性に立って、歩みを進めねばならないと、心する。 (にしわき こういち) |