「21世紀を平和の世紀にしよう!」、「東北アジアに生きる隣人でありながら、今は自由に出会うことができないけれども、子どもたちの絵やメッセージを通して出会いの場を作って行こう」という願いのもと、「南北コリアと日本のともだち展」が開始されました。今から24年前、2001年のことです。
毎年、子どもの描いた絵画展を日朝韓中の4か国(中国は2010年から参加)で開催し、日本から子どもたちも訪朝し、2012年~19年までは日朝大学生交流も行われました。「ともだち展」の開催に至るまでの前史として、二つの大きな出来事がありました。第1は、1995年に朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮)で起きた大雨による洪水大災害です。当時、筆者は日本キリスト教協議会(NCCJ)で働いていました。日本の様々な教会、NGO・宗教団体(JVC、地球の木、ピースポート、アーユス、カリタス・ジャパン、等)などと一緒に、朝鮮への人道支援活動を開始しました。
これらの団体を中心にして、早い段階で「北朝鮮人道支援NGO連絡協議会」という情報ネットワークもできました。このNGOのネットワークは、同様に支援活動を行っていた韓国のNGOとの連携を持つようになります。1999年に東京で、「北朝鮮人道支援日韓NGOフォーラム」が開催されました。このフォーラムに参加した韓国のNGO「オリニオッケドンム」と運命の出会いが起きました。これが、第2番目の大きな出来事です。
このフォーラムで「オッケドンム」(肩を組み合う友だちという意味)が朝鮮の子どもたちと自画像とメッセージの交換を始めていることが報告されました。このことを知らされた日本側参加者は目から鱗が落ち、日本と朝鮮でも同様な取り組みができることに気づかされたのです。「オッケドンム」から受けたインスピレーションと感動が現在の「ともだち展」の出発点でした。(現在の活動は「各地の動き」P6を参照)
今年は敗戦から80年、日韓基本条約が締結されて60年の節目の年に当たります。条約の解釈に問題点があるにせよ、日韓関係はこの60年の間に文化、経済、様々な分野で交流が進みました。しかし一方、日本の植民地支配から解放された朝鮮半島のもう一つの国、朝鮮とは、正常な国家間関係が立されていません。国家と国家の関係が「太い実線」の関係であるとするならば、市民と市民の出会いや関係は「細い点線」にすぎないかもしれません。しかし点線が継続されて行く時、そこには平和を実現するための「頼の醸成」や「対話の有効性」などの価値が「実線」として示されて行くと思います。昨年は、南北関係の悪化や政治情勢の変化により初めて絵画交流の実施ができませんでした。厳しい状況が続きますが、粘り強く市民の立場からの日朝韓中の子どもの絵画交流活動を継続し、平和構築を目指したいと思います。
(やまもととしまさ)
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