「平和な社会」を創るために

神崎清一  日本YMCA同盟総主事

 東京オリンピックを数年後に控えた1960年頃、私は小学校の低学年でした。外遊びでは、三角ベースの野球や月光仮面ごっこなどと同じように、戦争ごっこをしていました。兵隊将棋もよくしたことを覚えています。そして、遊びの後はしばしば「今度の戦争では勝とうな!」「日本は負けたらあかんな」などと話していました。まるで、その後まもなく開かれるオリンピック競技の一種目ででもあるかのように。
 その頃、家には戦地から帰って20年近くになる祖父が同居していました。祖父からは囲碁や将棋を教わったことと併せて、戦争の話を聞かされた記憶があります。内容は定かではありませんが、私がその影響を受けたことは確かです。しかし祖父は、当時テレビで放映されていたアメリカの「コンバット」を始めとする戦争ドラマ、さらには日本の軍記ものといわれるテレビ番組を見ることはありませんでした。そのような番組が始まると、祖父はテレビのチャンネルを変えさせるか、部屋を出ていくことが常でした。敵と味方、勝ち負けという観点だけで話をとらえていた幼い私にとっては、まだ理解しがたいことであり、祖父が戦争で経験した痛みや重荷、罪悪感に気づくことはできませんでした。
 そして1964年に迎えた東京オリンピックでは、日本中が聖火ランナー、日本人選手に日の丸の小旗を振って応援しました。私は様々なスポーツや外国人選手の身体能力の高さに魅了され、何よりもアジア・アフリカ・ヨーロッパやアメリカの人々と繋がっていることを実感しました。観光地、歴史的建造物、秘境などの写真を通してしか外国を見たことのなかった私が、そこにいる「人」を意識した時でした。
 私たち日本のYMCAは「一人ひとりの人権を守り、正義と公正を求め、喜びを共にし痛みを分かちあう社会をめざします」、さらに「アジア・太平洋地域の人びとへの歴史的責任を認識しつつ、世界の人びとと共に平和の実現に努めます」を基本原則としています。各地のYMCAはこの基本原則に立ち、キャンプやスイミング、語学教育や専門学校などの諸事業、多様なボランティア活動、また様々な国や地域の方々との交流を通して、一人ひとりが自分自身と他者を大切にし、互いを認め合い、共に「平和な社会」を実現することを目指しています。
 「平和な社会」を創るために必要なのは剣や槍ではありません。一切の戦力を放棄し、神様からの知恵と愛を実践することです。もう一度、日本YMCAの使命である基本原則を宣言します。
 私たちは、「アジア・太平洋地域の人びとへの歴史的責任を認識しつつ、世界の人びとと共に平和の実現に努めます」。

   
                      (かんざき せいいち)