クリスマスメッセージ
心の武装解除━クリスマスを迎える心

岡田 武夫   カトリック東京教区大司教


クリスマス・メッセージ
 イザヤの予言で次のように言われています。
 「彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」(イザヤ2・4)
 戦争、軍備、武器のためにどんなにか多くの軍事費が使われていることでしょう。剣を鋤に、槍を鎌に打ち直すということは、武装を解除し、武器を平和と幸福のために道具に転化するということです。これが人類の理想です。現実はこの理想から程遠いのですが、この理想に向かって歩んでいかなければなりません。
 もちろん、武器を放棄するということには当然「心の武器解除」が伴わなければならないと思います。そして、心の武装解除とはわたしたちの間での信頼と友愛を生み出し育てること、醸成する、ということに他なりません。
 なぜ人類は何度も戦争を起こすのでしょうか。なぜ人を「殺してはならない」という戒めを破るのでしょうか。不安、恐怖、憎悪、怒り、敵意、復讐心、権力への欲望などの負の心の動きが人を殺人や戦争へと駆り立てるのではないでしょうか。
 教皇ヨハネ・パウロ2世が1981年広島を訪問した時に言われたように、「戦争は人間の仕業です」。戦争は人間の引き起こす悪の代表です。わたくしはしばしば『ユネスコ憲章』の次の言葉を思い出します。
 「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。」平和を樹立するためには心の中に「平和のとりで」を樹立しなければなりません。それは言い換えれば、「心の武装解除」ということです。それではどうしたら「心の武装解除」ができるのでしょうか。
 人間の本能は自分の身体を防御し、攻撃されれば反撃します。恐怖を覚えれば、攻撃される前に相手を殲滅して、恐怖感を払拭しようとさえするのです。誰しもこの本能的な恐怖と敵意に襲われることを免れ得ないのです。
 この世界の現実は、心の武装解除を容易にする環境と状況であるでしょうか。
 「人間は互いに対して狼である」という有名な命題があります。これはポッブスという思想家の言ったこととされています。いわば、「世界はいわば修羅の世界である」という考え方でしょう。平和は確かに心の問題です。しかし人間の心は自分の置かれている環境と状況から大きな影響を受けます。人は自分が守られ愛されており、世界は安全だ、という自覚を持たなければ心の警戒心を解消することは難しいでしょう。ですから、平和を心の問題だけでなく、地上の平和の問題として考えなければならないのです。この世界が安心と安全の世界になるようにわたしたちは努力しなければなりません。日本は治安のよい国ですが、多くの人が孤独と不安に悩んでいる事実があります。自死の問題は深刻です。人間は互いに励ましあって生きていくものです。この大切な人間の絆、家族のつながり、暖かい人間関係が傷つき壊れているのが今の日本の社会ではないか、と感じます。
 カトリックの司教たちは戦後70周年に当たり、メッセージ「平和を実現する人は幸い━いまこそ武器によらない平和を」を発表しています。(2015年2月25日)*
 第二次世界大戦の悲惨な体験から、二度と戦争を起こさないという堅い決心をし、わたしたちは戦争を放棄し、紛争解決のためには武力を行使しないという決意を全世界に向かって表明してこの70年を歩んできたのです。
 戦争放棄という理想はキリストの福音そのものがすべての人に求めている、すべての人がめざし守るべき目標であります。イエスの教えた隣人愛の精神で忍耐強い対話と交渉が求められています。
 戦後50年にあたり、司教団は「平和の決意」を発表し、第二次世界大戦についての反省を表明しました。(1995年2月25日)この中で司教たちは次のように述べました。
 「今のわたしたちは、当時の民族主義の流れのなかで日本が国をあげてアジア・太平洋に兵を進めていこうとするとき、日本のカトリック教会が、そこに隠されていた非人間的、非福音的な流れに気がつかず、尊いいのちを守るために神のみ心にそって果たさなければならない予言者的な役割についての適切な認識に欠けていたことも、認めなければなりません。」
 そして戦後60周年を迎えたときには「非暴力による平和への道〜今こそ予言者としての役割を〜」を発表して、平和の前提には「人間の尊厳」と言う真理がある、と述べています。
 キリスト者は、悪に対するのに悪をもって対抗するのではなく、悪に対して善をもって対抗し、善によって悪を打ち負かすよう、求められています。この非暴力の精神は日本国憲法第9条によって具現化しています。国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄し、また戦力を保持しないことをわたしたち日本国民は、この70年、戦争によって誰も殺さず、戦争によって誰も殺されずに済んできたのです。
 12月8日(無原罪の聖マリアの祭日)よりカトリック教会では『慈しみの特別聖年』が始まります。神の慈しみを深く信じ、神の慈しみを実行することこそ、心の武装解除を容易にする世界の実現のためにもっとも大切なことではないでしょうか。
 恵み深いクリスマスを祈ります。
                         (おかだ たけお)

 *戦後70周年 司教団メッセージ「平和を実現する人は幸い」(カトリック中央協議会発行)を参照ください。カトリック司教団戦後50年、60年、70年のメッセージが掲載されています。