1 主はアブラムに言われた。
　「あなたは生まれ故郷　父の家を離れて、
　わたしが示す地に行きなさい。」
2 わたしはあなたを大いなる国民にし
　あなたを祝福し、あなたの名を高める　
　祝福の源となるように。
3 あなたを祝福する人をわたしは祝福し、
　あなたを呪う者をわたしは呪う。
　上の氏族はすべてあなたによって祝福に入る。

　創世記12章の冒頭のよく知られた箇所を掲げた（新共同訳）。「あなたは諸国民の祝福となるだろう」と、神は後日イスラエル国民の父となったアブラハムを祝福する。ここでの神の祝福は革命的な新しさを持っていた。神は確かにアブラハムを「大いなる国民とする」と約束する。ところが神が約束した「大いなる国民」とは「大国」のことではなかった。他国の祝福になることによってのみ、アブラハムの子孫は大いなる国民の資格を得、その名を高める。
　古代における「祝福」はこの世的な成功であり、国民にとっては国家の維持と繁栄であった。他国への侵略と軍事的・経済的な支配の成功は当然に神の祝福であると意識された。しかしそれは他国民にとっては災いである。そのような支配がここでは否定される。軍事力は意味を奪われている。アブラハムへの祝福はもはや他国の支配でも、自国の経済的な繁栄でもなく、諸国民に平和と福祉をもたらす課題へとドラスティックに変えられている。
　祝福の内実のこの転換は、アブラハムの民イスラエルが「人類」の一員であることの自覚に基づいている。人類が民族に先行する。その認識を徹底するためには、自民族を中心に据える「愛国」を捨てなければならない。フランスのモラリスト、アランがかつて言ったように、「祖国から人類に至ることはない」。
　人類の発見は神から贈られた一つの啓示である。その啓示をイスラエルは亡国後の自己批判によって受け止めた。戦に散った多くの人命の代償として得たこの民族の宝であった。人類を発見し得た民族は、国家の力への信頼を捨てて人類の中に自己の使命を位置づけることができる。この民族はそれを実践し、自己の躓きをも記した聖書を人類に差し出した。
　われわれの平和憲法は人類に先駆ける理想を示している。それは敗戦という代償を払って日本が獲得した天恵ではないのか。民族に優位する人類の理想が憲法のかたちをとって示されている。それを躓きへの反省なき愛国心によって貶めようとするあらゆる高慢と企みとにわれわれは抵抗する。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（なみき こういち）