「いのちの重さ」を次世代に伝える


日本YWCA会長       
石井 摩耶子(いしい まやこ)

 最近、人間の命の重さがどんどん軽く扱われるようになってきて憂鬱だ。赤木智弘さんの「『丸山眞男』をひっぱたきたい。31歳フリーター。希望は戦争。」という文章を読んだ。ポスト・バブル世代の人たちの「生きづらさ」は理解できるし、著者の真意が戦争を待望することではないことも分かる。しかし、若者が世直しの契機を安易に戦争に求めるこの風潮は、いのちの重さを軽んずる今の状況をよく示している。
 そんな中で、8月15日から3日間、日本YWCAが1971年以来続けている「ひろしまを考える旅」が広島市で行われた。今から37年前、すでに10年近く憲法勉強会を続けてきた私たちは、次の運動展開に悩んでいた。大江健三郎の『ヒロシマ・ノート』を読み、彼が言う「広島の思想を体現する人々」に私たちもぜひ会って学びたいと願った。そして第1回の旅が実現した時の感激を今も忘れない。あの時お会いした殆どの方はすでに亡くなられたが、今年もまた、被爆者の方々の骨身を惜しまぬ協力を得て、この旅を実現できたことを感激したい。100人近い参加者は、12歳から70代後半までの広がりを持ち、最近は10代20代の若者が6割、シニアが4割という構成だ。また中国・韓国からのYWCA会員を招待するだけでなく、10数ヶ国からの留学生の参加もある。異世代間の出会い、異なる文化・歴史を持つ外国の若者との語らいは、思いがけない発見やヒントをもたらしてくれる。また参加した大学生の中から翌年の準備委員がでて、企画から実行まで大きな役割を取るようになったことも嬉しい。感想文の多くは、学校で勉強したことと違うことを学び、修学旅行で来た時とは全く違う体験をした、その驚きと感動を記し、この思いを周りの友達から始めて次の世代に伝えていきたい、と書いている。
 どこが違うのだろうか。たとえば今年の主題講演者の産婦人科医河野美千代さんは、被爆2世として平和運動をしようと決意した自分の生い立ちを語るだけでなく、末期のがん患者と向き合う大学病院での仕事から、命の重さという点ではどんな人の命も等しくかけがえのないものだということを教えられたと語り、さらに現在開いているクリニックでは、小学生の出産などに立会い、妊娠させる男性の性犯罪や、最近の政府の性教育封じ込め政策のため正確な情報を得られないことから、犠牲者が急増している事実などを指摘し、憲法9条を守ることは「いのち」という点では性教育や人権教育と一つにつながっていることを強く訴えた。質問が相次ぎ、その一つひとつに河野さんは丁寧に答えていった。平和を実現するというと抽象的だが、それを現在の日常生活の問題に結びつけて考え、「いのち」の大切さ、その重さを考え伝えることに結びつけた河野さんのお話は、確実に若者の心に届いたのだ。
 平和は簡単に実現しない。人間の一生にやれることは限りがあるが、決してあきらめずに、いのちの重さを次世代に伝え続けていきたい。日本YMCAもこの旅を続けることを通して、ささやかではあるが、平和を実現するための道具となりたい。




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