「万軍の主の名によって」

日本キリスト改革派東部中会社会問題委員会委員長
宮崎彌男


 民主党の前代表、岡田克也氏は、「政権交代」を掲げて選挙戦を戦い、見事に敗北しました。その彼が、選挙当日の朝、「今日は歴史的な日になります」と言いました。そのことは、恐らく彼が言ったのとは逆の意味で、真実となりました。今年の9.11は、少なくともこの国においては、「歴史的な日」となりました。どういう意味においてでしょうか。
 ある種の力が圧倒的な勝利を収めたのです。その力とは、色々の言い方があるでしょうが、「民意」の力と言ってもよいでしょう。「民意」が圧倒的な勝利を収めたのです。
 小泉首相は、勝利が確定的となったとき、こう言いました。「(郵政民営化法案の是非について)国会は間違っていた。民意は正しかった。私はそう思っている。やはり、衆議院を解散してよかった」と。今回の選挙では「民意」が小泉首相を支持して、圧倒的な勝利を収めたのです。「民意」の力はすさまじいものでした。
 しかし、私たちは、聖書の光に照らして現実を見ようとするとき、「民意」が最終的に事を決するものではないことを知っています。民主主義社会においては民意が第一義的な重要性を持つことは言うまでもありませんが、それでも、議会制民主主義においては、(通常は)国民の選んだ国会議員の議決によって事が運ぶのです。さらに重要なことは、「民意」は「神意」とは限らないということです。
 与党が衆議院の議席の3分の2以上を占めるに至った今、私たちは、選挙で勝利した「民意」が暴威を振るわないよう、見守らなければなりません。とりわけ、今後改憲の動きは、衆議院において与党が「憲法改正」の発議権を得たことにより加速することが予想されます。ただ、この点に関して与党の公明党は、自民党とは違って、「加憲」の立場ですし、参議院では、まだ与党で3分の2を制するには至っていないので、一気に、とは行かないでしょう。
 いずれにしても、私たちキリスト者は、今後、ゴリアトに対して戦い勝利したダビデのように、主の主権を証し戦うことが求められています。ダビデがゴリアトと戦ったとき、大方の兵士たちは、イスラエル軍、ペリシテ軍を問わず、ゴリアトの力を信じ、その勝利を疑うことはなかったと思われます(サムエル記上17:11、28、33、41〜44)。言わば、「民意」はゴリアトの勝利を確信したのです。しかし、ダビデは「剣や槍」によらず、「万軍の主の名によって」戦いを挑み、見事に巨人ゴリアトを討ち取りました。(同上17:45〜47、49〜50)。ダビデは「神意」によって「民意」に打ち勝ったのです。
 私たちは、平和憲法を守る戦いにおいても、「万軍の主の名によって」戦いたい。憲法の基本原理である国民主権、基本的人権の尊重、平和主義、この一つ一つを私たちがどのように守ってゆくのか、それは聖書と憲法のきめ細かな学びと実践による以外にはないのです。





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