2026年の立ち位置
平良 愛香 
平和を実現するキリスト者ネット事務局代表 
 高市政権が始まりました。平和ネットのある女性メンバーが国会議事堂近くを歩いていると、海外から来た人から「日本の首相が女性になって良かったですね」と声をかけられ、面食らったと言っていました。(喜んでいないと答えて、今度は相手が面食らっていたようですが)。確かに日本における2024年のジェンダーギャップ指数が146カ国中118位と、とてつもなく低いことは大問題です。これは「他国に比べて低い」という問題ではなく、賃金格差や管理的職業従事者の男女比など、様々な場面でのジェンダーギャップが日本は激しいという問題です。実際に国会議員の中の女性(あるいは男性ではない人)の割合があまりにも低い。これでは「男性優位な政治」が行われてもしょうがない。そんな中で誕生した初の女性首相ですが、けれどもその発言は「社会のしわ寄せを受けている弱者」に向けられたものではなく、「強さ」を強調するものばかりでした。「私自身もワーク・ライフ・バランスという言葉を捨てます。働いて働いて働いてまいります」という言葉は「働くことこそ意義がある」かのように響き、働かされ続けて疲弊している人の存在は無視されています。ただの個人の所信表明だと看過するわけにはいきません。また、選択的夫婦別姓や同性婚を頭から否定することで、「天皇を頂点とする、父権制の強い家族制度」を温存したいのだということがありありと現れています。人を大切にするのではなく、「国」を強め、安定させ、そのためには他国をもないがしろにする、そんな思いがつぎつぎと言葉になって飛び出してきます。しっかり見つめ、必要な時には抗議していかなければならない。
 けれど、政治を批判しつつ、「教会はどうだろうか」ということも問われているのかもしれません。人よりも「教会」を大切にしてはいないだろうか。教会を「強く」「安定」させようとすることで、それにそぐわない存在を排除しようとしていないだろうか。あるいは気づかないふりをしてはいないだろうか。教会も大変だから(本当に大変なのですが)と言い訳をして、いま苦しんでいる人たちや、平和が脅かされている人たちのためにエネルギーを費やすことを躊躇してはいないだろうか。(ここまで言うとお叱りを受けそうですが、これは私自身に対しても言っています。)難しいですねと言葉を濁すのではなく、立ち位置を確認する2026年でありたいと思います。