天に栄光、地に平和
 八王子めじろ台バプテスト教会  小河義伸 
■7時のニュース
クリスマスの讃美歌で最も知られており、多くの個人や音楽グループがカバーしているのは、イエス・キリストの誕生を、静かにそして優しく賛美する「きよしこの夜」(Silent Night Holy Night)だと思います。私にとっても、クリスマスの季節になると自然と口ずさむ讃美歌ですが、特にサイモン&ガーファンクルが歌う「7時のニュース/きよしこの夜(7o’clock News/Silent Night)」は、毎年この時期になると聞いている1曲です。この曲は、二人の美しいハーモニーで歌われる「きよしこの夜」のバックに、ニュースを語るキャスターの声が重なりその声は次第に大きくなって、歌が終わると同時に、ニュースキャスターも「7時のニュースでした。おやすみなさい」と挨拶して終わります。
 1966年にリリースされた曲で、歌のバックで読まれていたニュースは、「マーチン・ルーサー・キング牧師は、日曜に予定されているシカゴ郊外シセロでの住宅解放のデモ行進を中止にするつもりはないと語りました。それに対し、行政区を管轄する地方警察のリチャード・オグルビー警部は、デモが行われる場合は州兵出動の要請をするつもりだと語りました」、「ワシントンでは反米活動に関する議会の予備会議で、討論がベトナム反戦運動に移るにつれ、緊張した空気が流れ始めています。傍聴していた反戦デモ参加者たちは反戦スローガンを叫んだため、強制的に排除されました」、「ニューヨークで開催された海外派兵戦士の集会で、ニクソンはこの国における反戦活動は、アメリカ合衆国に最大の不利益をもたらす凶器であると演説しました」など、それぞれ時期は異なりますが、1960年代のアメリカで実際に起こった出来事です。それらは誰もがクリスマスに思い描く光景とは、とても似合わないといえる出来事ばかりです。
人種差別撤廃を訴え公民権を獲得する運動に対して、公権力が軍隊を出動させて抑圧ようとしていることや、軍事力によって多くのいのちが奪われる戦争に対して反対する人たちが排除され、暴力によらない平和を求める人たちが「最大の不利益をもたらす凶器である」と政治家から訴えられる状況は、この曲から60年近く経ったこんにちでも変わらないように感じます。だからこそ、そのような現実のただ中に、イエス・キリストの誕生によって、「み子の笑みに/恵みのみ代の/あしたの光」が輝くようにとの祈りが込められて歌われているのかも知れません。新たな戦争の時代を生きている私たちも、そのような願いや祈りを込めて、今年のクリスマスに賛美したいと思います。
ニュースキャスターは「おやすみなさい!」と語りかけてニュースを終えます。日常生活の中で、午後7時に「おやすみなさい!」と語りかける相手は、おとなたちではなく、恐らくは小さな子どもたちだと思います。人権が脅かされ、いのちが脅かされている戦争のただ中で、幼い子どもたちが安心して眠ることができる差別も戦争もない平和な世界が実現するようにとの願いが、このキャスターの挨拶には込められていて、それが二人の美しい歌声と共に絶妙なハーモニーを奏でているようにも思います。
■平和のしるし
ルカ福音書は、出産を前にしたマリアとその夫ヨセフが、ローマ皇帝の勅令による人口調査で旅を強いられている途上でイエスは誕生したと告げます。当時のユダヤ地方は、強大な軍事力を誇るローマ帝国によって支配されていました。人口調査のために自宅を離れて旅をしなければならなかった夫婦の姿は、その支配がその地に住む住民の隅々にまで及んでいたことを物語ります。旅の途上でマリアは出産し、生まれたばかりの子は、布にこそくるまれていましたが、家畜のエサ箱である「飼い葉桶」に寝かされることになりました。宿屋にはかれらの居場所もなく、だれもその親子のために場所を譲ってくれる者もいなかったからです。支配者によって胎の子のいのちが脅かされるような旅を強いられ、居場所のない所で新しいいのちの誕生を迎えなければならないとは、あまりにも悲惨な現実です。それがクリスマスの主人公の誕生の出来事でした。
天使たちは野宿していた羊飼いたちに、「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。…あなたがたは…飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」(ルカ2:10~12)と、大きな喜びのしるしが、居場所のない所で誕生し、飼い葉桶の中に寝かされている乳飲み子だと伝えます。そしてその天使たちに天の大軍が加わって、「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人たちにあれ。」(ルカ2:14)と神を賛美します。大きな喜び、それは地に平和があることであり、それによって神は栄光を受けられる、そのしるしが飼い葉桶に寝かされている乳飲み子だというのです。
このような幼な子の誕生の出来事のうちに、イエス・キリストにおいて実現した「平和」のイメージが明確に告げられています。乳飲み子は自分で生きていく力がありません。力がないので、暴力を振るうことも武器を取ることもできません。働くこともできませんから、期待される生産性を上げることもできません。生きる術も持たないので、その親ばかリでなく誰かの助けを必要としている存在です。乳飲み子が飼い葉桶の中で寝かされることがあったとしても、その存在が認められて無条件に受けとめられ、安心してそのいのちを憩うことができる現実、それがイエス・キリストの誕生において示された平和のイメージ、平和のしるしです。そこには差別も暴力もなく、いのちの賛美があり喜びがあります。
しかし私たちが生きている世界では、暴力によって子どもたちのいのちが奪われ、差別や格差によってそのいのちが脅かされ続けています。いのちを憩わせる場所が破壊され、奪われる現実がさらに露わになっています。だからこそ私たちは今年も「きよしこの夜/Silent Night」と賛美し、平和のしるしであるクリスマスの主人公の誕生の出来事を覚え、子どもたちにもすべての人にも「安心しておやすみなさい!」と挨拶を交わせる神の平和が実現することを祈りながら歩み続けたいと願います。
                        (おがわ よしのぶ)