「平和を実現する人々は、幸いである」
マタイによる福音書5章9節
日本バプテスト厚木教会牧師 久保親哉
 私は9年前まで東京の精神科病院でソーシャルワーカー(精神保健福祉士)として14年間働いていました。実は精神科医療には、法律がとても重要なのです。それは、精神科は人を隔離や拘束をするからです。通常、人を隔離・拘束するためには、裁判所の判断が必要です。もし裁判なしに人を隔離や拘束をした場合、それは拉致や監禁にあたり、法律で罰せられます。しかも、それが数年にも及ぶのであれば、これは重大な犯罪行為です。しかし、精神科では裁判なしに、人を隔離や拘束ができてしまう。しかもそれが何十年にも及んできました。なぜ精神科医療はそれをできるのか? それはそれを可能にする法律があるからです。それが精神保健福祉法です。もし、これが人権に配慮しないズサンな法律だったらどうでしょう。精神科医のちょっとした診察で何十年も入院が決まってしまうとしたら大問題です。
 今は、不十分ではありますが人権に配慮され、チェック機能も備えたものになりましたが、この法律が最初に作られたときは、とてもズサンなものでした。それは精神病を患った方をただ収容するためだけの法律だったのです。それが1950年に施行した精神衛生法です。その法律によって精神病院はもはや収容所そのものでした。精神病院では、悲惨な虐待が行われていたのです。そのような中で宇都宮病院事件が起ります。これは職員たちのリンチによって患者さんが死亡した事件です。この事件をきっかけに精神病院の劣悪環境や虐待が内部告発で露呈しました。そこで、この精神衛生法に問題があるとして少しだけ改正されたのが1987年精神保健法です。しかし状況はほぼ変わりませんでした。それが(不十分ではありますが)人権に配慮し退院を促進するために抜本的に改正されたのが1995年精神保健福祉法です。その頃に私は病院で働き始めました。精神衛生法が施行されたのが1950年ですから1987年精神保健法までの37年間、更に退院を促進する1995年の精神保健福祉法まで含めると、日本の精神科医療は、45年間も国の政策として病院収容中心で退院ができない時代がとても長く続いたのです。私が入職した当時、入院期間が10年20年という方が、信じられないほど多くおられました。そのほとんどが、病状がすでに落ち着いていた方々です。中には30年以上という方も少なくありません。これは病気の問題ではなく、社会の問題です。  そんな精神衛生法や精神保健法の時代に入院された方々が、今も数万人も入院されています。その当時に入院された方々は、すでにご高齢になり、精神科病院でひっそりと人生を終えます。思春期で発症し、病状が落ち着いても退院が許されず、精神科病院でひっそりと人生を終える。それは隠されています。これが私たち日本の平和な社会なのです。
 聖書の平和とは、ただ単に争いがないという意味ではなく、虐げられている人がいないこと、貧しく苦しめられている人が一人もいないという意味です。その平和が実現することを祈ります。                           
                       (くぼ しんや)