主権者となる長い道のり:持憲のススメ
   城倉 啓   泉バプテスト教会牧師 
 

 民主政の基本は統治する者とされる者が同じ者たちであること、つまり主権者の自治にある。「国家というNPO」を運営しているのはわたしたちだ。お粗末な選挙結果の根は深い。@「野党共闘」という選択肢に狭められている選挙の仕組みそのものの改革と、A長期間かけた主権者教育が必要である。(@については筆者の携わる「公正・平等な選挙改革にとりくむプロジェクト(とりプロ)」参照。http://toripuro.jimdo.com/)
 ここではAのために「持憲」をお勧めする。
 全国各地で「知憲」を趣旨に、憲法の内容を知ろう・条文に触れようという「憲法カフェ」が開催されていることは喜ばしい現象だ。日本バプテスト連盟でも、憲法カフェが毎月さまざまな教会で開催されている。都会の大教会を会場にすると出会うことが困難な方に面と向かって憲法の話ができることは嬉しい限りだ。日本会議に抵抗しうる草の根の運動でもあるし、現在の「あらゆる条文から会見を仕掛けられる状況」に対応するためにも知憲は事柄に即している。
 そこからもう一歩踏み込んで、自分で日本国憲法をかいてみてはどうだろう。自分の憲法を持つ、すなわち「持憲」である。
 実は筆者は憲法の一部改正論者である。憲法第1条から第8条までの天皇の章は不要と考えているし、現9条も個別的自衛権の否認としか読めないようにしたいし、内閣総理大臣が衆議院の解散をできないようにしたいし、内閣に法律案を作らせないようにしたいし、地方自治体に法案提出権や国からの独立を認めさせたいし。密かに毎年私擬憲法を5月3日に改訂して微修正を繰り返している。バプテストは各個教会で、または個人で「日付つき信仰告白」を持ち改訂する。それと同じだ。実際憲法には憲法制定権者が、国会議員ではなく、主権者であると明記してある(全文)。私擬憲法作成は憲法自体の要請だ。
 今や悪法「日本国憲法改正手続きに関する法律」に基づいて国民投票が行われる日がいつ来るか分からない。その時、改正案に何が書いてあろうと、○×を付けるのは容易だ。自分の持つ憲法に比較して、改正案は近いか遠いか、改正案の内容が有るか無いか、自分の頭で考える基準がある。もし改正案よりも現行憲法の方が「まし」であれば、×をつける。その逆ならば○だ。
 綱領である憲法を改訂できるほど「国家というNPO」の主体的運営者になれば、主権者のために税金を再配分する政党や議員を選び育てることができるだろう。報道にも誘導されないだろう。
(じょうくら けい:日本バプテスト連盟 憲法改悪を許さない私たちの共同アクション担当者会メンバー)