「平和の使徒」

アジア保健研修所 主任主事   
中島 隆宏(なかじま たかひろ)

ルカ4章18節
   「主の霊がわたしの上におられる。
   貧しい人に福音を告げ知らせるために、
   主がわたしに油を注がれたからである。
   主がわたしを遣わされたのは、
   捕われている人に解放を、
   目の見えない人に視力の回復を告げ、
   圧迫されている人を自由にし、
   主の恵みの年を告げるためである。」

 アジア保健研修所(AHI)は昨年3月20日から10日間、南インドのタミル・ナド州で、AHI元研修生の団体による受け入れでスタディツアーを実施した。私はその責任者であったが、農村ホームステイを体験する機会に恵まれた。
 私のホストファミリーのサティアさんは、50歳、南インド合同教会の牧師であると同時に、「ダリット土地無し農民運動」の州レベル・オーガナイザーである。
 ダリットは、3000年以上続くインドのカースト制度の外に置かれた人たちで、インド人口11億人のうち2〜3億人と言われる。ダリットは、長年、奴隷のような生活を強いられてきた。その差別を逃れるため、仏教や、キリスト教に改宗することが多いが、村ごと改宗することもある。サティアさんもダリットの出身である。
 「ダリット土地無し農民運動」はタミル・ナド州で3万人の会員をもち、500世帯が住宅地の権利を、50世帯が農地(2エーカー)の権利を獲得することを手助けした。多国籍企業の自由貿易加工区における土地の搾取の問題にも取り組んでいる。
 サティアさんと村を歩く。道を隔てた幹線道路わきに、屋台の喫茶店があり、そこでお茶をご馳走になった。そこには、ステンレスのコップが5〜6個吊るしてあったが、店主はそのコップではなく、使い捨ての紙コップに注文したコーヒーを注いだ。サティアさんは「これは、ダブルグラスシステムだ」といった。カーストの高い人はステンレスのコップから飲めるが、ダリットは紙コップで飲むのである。そうするとサティアさんと一緒にいる私もダリットということか。カーストによる差別というのは日常的なものである。
 夕食の後、しばらくして、5〜6人の女性たちが訪問してきた。サティアさんは、奥さんと一緒に相談にのる。2年前の事件の相談だった。その村のダリットたちは、新しいお祭りを企画していたが、同じ村の上層カーストは強く反対した。にもかかわらず、ダリットたちはお祭りを実施したところ、上層カーストが殴りこみに来て、多くのダリットが負傷し、そのリーダーは殺された。彼の家族はこの件を警察に訴えたが、実に2年たった今も犯人が裁判にかけられていない。この事件の担当の警官が、訴えの書類を机の中にしまったまま、放置しているからだという。サティアさんは、この事件を明るみに出して、犯人が裁かれるように警察や町役場にかけあうという。
 このような働きを運営するにあたっては、財政的にも厳しい。経済的に最も貧しく、社会的に差別されているダリットのために、上層カーストの脅迫にもかかわらず、生命をかけて働くサティアさんを支えるのは、ダリットも同じ人間として愛して下さる神様を信じる信仰である。キリストの教えは、囚人のような状態にされている人たちが解放され、打ちひしがれている人たちが自由になるためである。まさしく、この聖句にあるように、彼はキリストの使者なのであろう。




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